2008年3月アーカイブ

愚痴とか

ブレストというのは意見を出し合う場であって、決して第三者の意見を否定してはいけないという認識であったのだけど、今日催された宴の中で、とある有能な若人が言ったすげー面白い意見をそんなのは最低だ、と一刀両断した壮年の男性がいた。酒の席がブレストなのかというのはこの際退ける。そもそもその宴が実はブレストではなく本気会議だったのであればもう黙る。ブレストというか、まぁ楽しい意見がわいわい出てきてぐわーっと盛り上がってはいこれに決定、みたいなつもりでいたのだけどもう別にそれはどうでもよくってとにかく、その壮年の男性が本当に嫌いで、発する意見や考え方や思想や思考やアイデアや工夫が本当に一昔前の昭和のテレビマン的で、ここにも自分が一番良かった時代で成長をやめた大人がいるよと思ってたんだ前から。それが今日久々に顔を合わせてつか一言も喋りもしてないんだけど、なんだか酒の勢いもあって饒舌この上なくってその口から発せられる意見がちょっとそれは昭和56年だなーとか思ってたんだけど、あなたの写真をプリントアウトしてオリジナルのうちわにする的な。ふりー。まぁそれがいいと思ってる美学っていうか美的根源は時代を自ら止めてしまった人に対してもうちょっとそれ古いよとか言ったってダメなんだ。だってそれが美しいと思って、それが素晴らしいというのが大前提にあってのその人なわけだから。とにかくその前途有望で輝かしい才能を持ってるクリエイターに向かってそんなのは最低だって言ってる姿が哀れで仕方がなかった。反面教師格好の材料。言われた若人はその時どう感じたか知らないし、実は屁でもないと思ってるのかもしれないけれど、壮年の男性が見せた醜態はさながら裸の王様よろしく。最近はよこちん@カヤックの影響もあって、人と会うことが徐々に好きになってきていたのだけど、もう二度と会いたくないと久々に思ったむしろ貴重な存在。二度と会わない。という単なる愚痴をブログに書くっていうのは第三者の目を意識して書く事になって、自分の備忘的記録として、なるべく第三者に訴えかけるような文字を書くのは意識的に避けていたのだけどたまにはこういうのもいい。偶然その壮年男性がこの記事を見てもらいたいくらいなのだけど、見たところで絶対自分の事だとは思わないんだろうなぁ。以上、書いててあんまり楽しくないので終わり。

前の会社から最後の給与明細が届いて金額見たら10万円だった。なんだこの金額。どういう計算で10万なんだ、って問い合わせるのも面倒な気がする。なんだこの金額。元同僚にこの話をしたらインチキくさいと言ってて笑ってしまった。インチキくさいって言葉がいいなーと思った。インキチと言ってしまう。

PPVJさん用の映像をプレビューしてもらったら面白いねという返事を頂いて小躍りするもつかの間、しばらくご無沙汰だったMacの連続しらんぷり状態が再発した。もうダメ?意気揚々と秋葉原通称アキゲバラへ新しいヴィデオカメラを引き取りに行ったのだけど、有楽町から山手線のどっち回りに乗ればいいのかいつも迷って、内周りりor外周りのの二択なのにほぼほぼ間違えて階段を上り下りする羽目になる。今日もなった。もっと言えば秋葉原から有楽町に戻る際にも階段を上り下りした。何を以って内とか外とか言ってんのか未だにわかっていない。例えば西馬込から馬喰横山へ行くにはここからどうすればいいのかと聞くと何線に乗ってどこで降りて何に乗り換えてどうこうって瞬時に答える事が出来る人がいて、すげーなー東京人と思ったら奈良人だった。

POVという撮影手法が米国で流行ってると聞いたので調べたら主人公目線だけで撮影された映画の事だと知る。ブレアウィッチなになにって映画に代表される、みたいな説明が書いてあってふりー、と思った。あなたの写真撮影してオリジナルうちわ作りますくらい、ふりー。あ、ふりーって言いたいだけだ。

なんとかって靴屋で買ったエイ皮で作った財布がびろんびろんになったので、リリーフとして使っている財布が中2みたいなマジックテープびりー、みたいなやつで正直しんどい。お札も4つ折くらいにしないと入らない。レジ前でびりーやんのちょっとしんどい。財布の中身より財布自体の方が高いっていう逆転もしんどいのでまだしばらくびりー、でいい。

先日久方ぶりにデニーズへ行き、飯を食った後なのにちょっとぐわーっと盛り上がっちゃって、仮に飯を食っていなかったら何を食うかゲームをした。ビビンバーグにした。食わなかった。メニューを一通り見て、閉じて、置いた瞬間に店員と目が合ったらその店員に「よし、決まったな。」と大層でかい声で言われるという稀な体験をした。上から目線にもほどがあるなーと思った。
吉祥寺の古本屋「百年」の、
近隣では川崎にしか売っていないとばかり思っていた堂島ロールが、銀座三越に平然と売っているとの情報を得た。あまりに近場なので噂のソースを要求するほどの拍子抜け。明日の手土産にこれはいいぞというわけで、早朝から銀座へ。

スイーツ王国でも絶賛の代物。以前川崎くんだりまで買いに行った際には結構な行列、しかもほぼほぼマダムというのっぴきならない状況であったので、今回も心してマダムみたいな顔で開店30分前に三越到着。すでにご婦人方が四方八方に並ぶでもなく、ただそこにいる。いちばんややこしい。並んでいるようで、並んでいないこの点在感。遠方から来たご婦人が、若い女性に堂島ロールのイロハを尋ねているその姿を横目に何となく僕も並んでますよ、でも並んでませんよ、みたいな空気でただそこにいる33歳。

10時開店と同時に婦女子一斉に走り出すというまさかの展開に面食らいつつ、のろまなご婦人を疾風の如く抜き去り押し避け、店内行列ナイスポジションを確保。そこからが長かったなぁ。レジが1台しかないのでなかなか会計が終わらない。エスカレーターと店の裏側の壁的なものの隙間に並ばされる堂島ローラー。気がつけば前も後ろも男性。なんだか男性3人で買いに来ましたという風にも見える銀座の風景。

とにかく早いとこ食べたい。

辛い鍋、バカ、痩せた羊

先週は外食が続いた。以下備忘的3軒。

1軒目。
六本木の辛い鍋の店に行ったら、給仕さんがひとりしかいなくって、声を掛けるたびに「少々お待ちください。」を連発していたのだが、ふいに「ちょっ と待って。」と平坦なイントネーションで言われてちょっとイラっとしたので床に食い残しの手羽先とか落っことしてやろうと思ったのだけど、それを思い止まった瞬間 少しずつでも成長してると思えたのはむしろ成長してないのかもしれない。六本木店よりも西麻布店の方が絶対に良い。

2軒目。
渋谷の「SV(仮)」って店は、1号店と2号店が真逆の場所にあって、2号店で予約してたのに1号店へ行っちゃったら、「タワレコまで戻ってもらってそれか ら2号店に電話してください。場所かなりわかりにくいんで。」と言う割には地図を一切書こうとしない店員で、「地図ないの?」と聞いても「タワレコ」「戻 り」「電話」の3ワードしか言わないような人だったので、むしろこの人に地図を書かせたらそいつの母校までの地図とか書いちゃいそうだから自力で2号店ま で行ったら言うほどわかりにくい場所でもなくて、あーなるほどあの店員の中ではこれはわかりにくい部類に入るんだなと思いながら1杯目のビールを飲んでた ら、女子4人組が受付で「えーここじゃないんだー。」とか言ってて、どうやらこの人々は1号店に予約したのに2号店に来ちゃったらしく、店員に「地図とか ないですか?」って聞いたら「道玄坂の方まで行ってもらってそれから1号店に電話してください。場所かなりわかりにくいんで。」って店員が言ってて思わず 1号店の同じ店員かと思い振り返ったら臼みたいな顔の店員でさすがに1号店の店員ではなかったのだけど、結局1号店と2号店を間違える客が実は頻繁にいる んだこの店は。だったら地図くらい事前に準備しとけば無駄なやりとりしなくて済むじゃない。

3軒目。
中目黒で元同僚とジンギスカンを食べた。一時期のブームが去ったからなのか空席アリ。羊の肉は痩せるらしいが、取り急ぎ効果は出ていない。
その店のトイレに痩せ細った子羊の写真が飾ってあって、羊の群れとかならまだしも1頭の、しかも痩せた、さらに子羊の写真を拡大してまで飾る意味。

気がつけば1週間近く書いていない。
どうしてブログってこうなんだろうといつも思う。その存在を完全に忘れる。優先順位が相当低いのか、相も変わらず仕事が途切れない忙しさからなのか。忙しいときこそ人に会えという心に残る一言をちっとも実行出来ていない歯痒さに若干の苛立ちを覚えつつ、我が家に新しく加わったサファイアブルーというちょっと小粋な種類のハムスターのことばかり気になる日々。

そう、ハムスターを頂いた。生き物を貰うことなんて、子供時代限定だと思ってたのでこれは相当嬉しいプレゼントである。自宅兼ジョッガスタジオで日々黙々と、誰とも喋らず作業をこなし、たまに3の倍数と3がつく数字の時だけひとりでアホになったりしている、というような、すれすれ入院間逃れるぐらいの毎日にちょっとした変化をもたらして欲しいという願いがあったかどうかはわからないけど、とにかくありがとうの一言に尽きる。飼っていた小鳥が全滅してから数ヶ月、久々の生き物の匂いに興奮。ペットショップで4000円近くも餌とかぐるぐる回るやつなんかを買い揃えた言うところのバカです。

所用で秋葉原へ行き、その流れで秋葉原・神田界隈のペットショップに立ち寄ってやろうと携帯でこの界隈のペットショップを検索したところ、店舗が全て潰れてた。全然情報が更新されていないペットショップサイトがペットショップサイトランキング1位になってるこのモバイルギョーカイに一石を投じるペットショップポータルサイトを誰かやればいいなー。

神田に「きくかわ」という鰻屋があって、メニューの中に「キャベジン」ってのがある。ただのキャベツの浅漬けらしい。

某脚本が追い込みなのにこうしてブログを書くのって、毒をもって毒を制す、みたいな感じに似てる。文字をもって文字を制すというか。山ほど文字を書かないといけないのに、書くべき文字を書かずに書かなくてもいいような文字を書くことで、書くべき文字が映えてくる気がする。

渡辺美里、相撲、あのー

渡辺美里の何て歌か忘れたのだけど、君の弱さがどうだこうだって、心の弱さを糾弾するだか擁護するだかの歌が果たしてなんていう歌だったのかしら。「君の弱さ」って歌だったかも。だとしたら原液すぎるタイトルで恐ろしい。

なぜこの歌の事を思っているのかといえば、二つ目の顎の一件でさすがに一時的にでもコーラ断ち、お菓子断ちをした方がいいんじゃないかと思いながらメントス・梅味をこれでもかと食ってみたり、そのメントスの糖衣が喉に絡みついたからってペプシで潤いを求めたりする自分の圧倒的な弱さにびっくりしての事だ。メントスに梅味があることをアメリカ人が知ったらどんな顔するかなーと最近思う。顔といえば先日、顔でマカロンのマネをしてみた。たぶん世界初だと思う。

ここ数日生活リズムが確実におかしな事になっていて、海外行って来いでもないのに時差ぼけを味わっている。ありえない時間に凶暴な睡魔がチラ見する。ありえない時間に頭が冴える。今そのありえない時間。取り急ぎマカロンの顔マネをしながらメントスを食べる。

打ち合わせなんかで、意味がわからないと言われたら、もう議論の余地がない気がする。意味が伝わりにくい、とか、意味がわかりにくい、とかならまだ自分の土俵で喘いでるなと思い、次の手段に出られるのだが、意味がわからないと言われた瞬間にその相撲はおしまいなんじゃないか。だって意味がわからないんだもの。相撲取ってるつもりが相手はお風呂に入ってるつもりで、あれ、これお風呂じゃないの?とかお相撲さんに向かって聞いちゃうぐらいの歴然とした意識の差があって、相撲の話とお風呂の話じゃそれ絶対話かみ合わせようにも取っ掛かりすら見つけられないよということにならないか。なる。

相撲は気づけば場所が始まっているのだけど、今日あたりから何とか場所が初日だったらしい。野球も相撲も年がら年中やってる気がして、冷静にスケジュールを確認したら、本当に年がら年中やっててちょっと笑えてきた。

高橋尚子選手は北京五輪への道を断たれた訳ですが、レース後の記者会見でやたら「あのー」って言うのがちょっと気になった以上に結構心配になった。前からあんなにあのーって言う人だったか覚えていない。野球選手はお立ち台に立つと大抵「そうですね」を連発するし、お相撲さんは大抵ゼーゼーしているのだが、Qちゃんはあのー、だ。キュー、とは一度も言わなかった気がする。

2つ目の顎

大好きな小説の中に「二つ目の顎、それが死である」という一節があって、「二つ目の顎、それは死である」だったかもしれないけれど、確かそんな一節があって、あーなんかかっこいいなーこれ、とずっと思ってたのだが、今朝鏡を見たら最近までなかった二つ目の顎がそこにいた。抜群の吸収力があるんだなーと思った。糖とか、栄養とか。あと会社を辞めて電車とか自転車での通勤という行為が、リビングから隣の部屋へというただの移動になった、とか、終日誰とも喋らないから顎が一気にゆるんだ、とか、色々自分の中での着地点を探ってみるも結局のところ運動不足と33歳にして相変わらず菓子が好き、という事だろうね。

アディダスランニング共和国」の企画と記事執筆の関係で、先日からランニングに関するリサーチをしているのだが、溌剌としたランの記事を読む毎に、自分がずいぶんと濁った気になる。屋号に「Creative&Running」とつけている割に、クリばかりしてランしてない。そもそもjoggaは「歩くように走ろう」を理念に掲げたダラダラ走る会だったのに、テキパキクリする会になっている。

しかし歩くように走るとはうまいことを思いついたものだと今さらながらに思う。楽しくなったら走り出す子供のように、ただ走る事がどれだけ気持ちの良い事か。瞑想にも近いあの状態はダラリと走った人にしか味わえない心地良さだと思う。そのへんの雰囲気を、今回の仕事で少しでも伝える事が出来ればと思う。

思えばこの仕事も奇跡みたいなタイミングの良さと縁で舞い込んだ代物で、昨年から強く感じる人との縁を改めて思い知らされた。どこで何がどう繋がるか、本当わからない。縁も捨てたものではない。
広川太一郎氏が亡くなったとのニュースで朝。

最近心揺れる出来事が多い中、この話題を最後に揺れは終わりとしてもらいたい。
ニュースソースでは「007の声優死去」みたくなっていたけど、やっぱり個人的にはMr.BOOの声の人であり、モンティ・パイソンの声の人である。「フォールームス」「フロムダスクティルドーン」でタランティーノの吹き替えもやってたか。暫く映画の吹き替えやってないなぁと思ってた矢先に「ヤング・フランケンシュタイン」を観たら、そこで久々の広川氏。「クイーン・コング」も吹き替えてたし、「ミスター・ビーン」では喋らない主人公に吹き替えしてた。きりがない。

これはなかなかに寂しい。彼のナレーションをふんだんに意識した原稿を以前書いたことがあって、その時一緒に仕事をした鬼才演出家は鬼才たる所以かそれとも若さ か、広川氏に何の思い入れもなかったようで、ちょっと世代の差すら感じた事をふいに思い出してみたりしちゃったりなんかしてこのー憎いね憎いね死んだはず だよお富さんなんて言ってみちゃったりなんかしちゃったりしてチョンチョン。

完 全ぶっつけアドリブ吹き替えのようにみせて、実のところすべては計算された吹き替えであって、いかにしてアドリブっぽく聞かせるかという点を意識してしゃ べっていた、みたいな事をどこかの記事で読んだ時、アホじゃないのにアホのように見せる事が一番難しい、みたいな事を言っていたコメディアンの誰かの話を 思い出したって事を思い出した。しかもものすごくぼんやりとした感じで思い出した。

とにもかくにも合掌。

2030年シロクマほか

「earth」という映画を観た。アース製薬という社名はかなり大規模だなーと思いながら、観た。
北極から南極へと地球を縦断して、さまざまな動物らが登場しては愛らしい姿やら微笑ましい姿やら勇ましい姿を延々と見せてくる2時間である。後半、海の中の生物篇で完全に眠りに入り、目が覚めたらすごくいいシーンだったのにすでに忘れている。

隣の座席は本編前の予告編から、一定のペースを保ちながらポップコーンを頬張る男性だった。イチ、ニッ、サン、イチ、ニッ、サンと気持ちよくなるくらいの保たれたリズム。予告編が結構長かったので、本編始まった頃にはポップコーンが残り少なくなったらしく、太い指が稀にポップコーンをキャッチできずに容器の底をコツン、と突っついてしまう音がこれまた一定の間隔で聞こえてくるので「earth」どころの話ではなくなってしまった。アースよりもコツンである。2030年にシロクマ絶滅よりもコツン。

独り・うまい・まずくない

ひとり自宅兼事務所で作業をしていると独り言が増える。会社にいる時は思いついたちょっと面白いなーという事やテレビで得たへぇ的な話もそのへんの人をとっつかまえて話せたのに、ひとり作業となるとそういう訳にもいかない。かといってわざわざ電話してまで言うことでもなかったり、その瞬間に言わないと面白くなかったりと、結構難しい。だから最近はひとりで世界のナベアツのマネとかしながらトイレに向かったりしている。

会社を辞める際に駄菓子詰め合わせを頂いたのだが、その中にあった「シガレットココア」がずいぶんと美味しい。今ふいに不安になってネット検索、言うところのググってみたらやっぱり「ココアシガレット」だった。名前もろくに覚えていないのに美味しいと褒めるのもどうかと思うが、あれは美味い。美味いし、硬い。あの硬さに惚れ惚れする。乳歯だらけの子供には文字通り歯が立たないんじゃないかとすら思う。ココアの味とハッカの味の割合が明らかにココア少なめハッカ多めというところも大変よろしい。もうココアの味はいらないんじゃないかな。

色々と仕事をさせてもらってぼちぼち納品やらローンチやらOAやらしているのだが、そのへんをパンパカパーンとサイトに掲載してもよいタイミングがわからないのでしばらく書くこともない。サイトの更新がいつになったら出来るのかもわからない。素材を取り込むと100パー固まってしまうMacを本気でひっくり返したくなる。

と書いてる矢先に見事固まる。40分くらいかけて取り込んだ素材が取り込めてないんじゃないかなー。眠りたい。

そうだ、あと会社を辞めるときに「まずいですよ」と余計なインフォメーションと供に頂いた紅茶が別段まずくなかった。何と聞き間違えたのか、それとも紅茶ではない別のものがまずいというお知らせだったのか、今となっては謎だ。