そういえば34歳になった。
何の気なしに、10年以上前から書き散らかしているネタ帳のようなものを見返してみたところ、「スーパーマーケットの床が芝生」「スーパーの店員→裸足」と書いてあって、赤でグルグルと囲んであった。その後ページをめくっても、これに関する続きは特に書かれていない。書いている事が今と大して変わっていない気がする。軸ぶれてないなぁーと思うと同時に、成長してないなぁーとも思う。
3月1日で会社を飛び出してから1年だ。この1年で相当数の文章を書かせてもらった。プレーン、ダーク、シンプル、ポップ、キュート。今まで書いた事のない世界。開拓していく愉しみと苦痛、自分が描ける世界の少なさ、唯一の世界を高める努力。経験値は確実に上がった。経験が血肉となり技量となったかどうか。2年目にじっくり確かめたい。「考え、思い出し、一度は壊し、構成し、書いて、読んで、増す。」という書きの方法論の精度をぐっと高めたい。
シナリオ・脚本・コピー・構成台本・読み物などあらゆる「文」を書いて、一番性に合っているものと、性に合わないけどやり続けたいものがうっすらわかってきたのも収穫だ。どれも書いていて愉しいけれど、愉しさが反映しないジャンルもあった。まだまだ書き足りない。厚みがない。平坦な文章も、濃密な文章も書いていきたい。34歳の欲求は増すばかりだ。
映像の仕事もいくつかやらせてもらった。映像は本当苦しい。映像案件と執筆案件が平行して走っていると、どうしても執筆ばかりしてしまう。映像編集をしながら文章が書きたいと思ってしまう。大反省点。しかし映像は完成して世の中に出た際の快感は半端ない。フルマラソンを走り切ってまた走りたいと思う、ある種不可解な感情が必ず湧く。また映像やりたい!と。殴られても好き、そんな感じだ。
クリエイティヴ・ブティックという言葉があって、独特な表現方法・手法を得意とする小規模な創作集団のことを指す。独特な表現方法・手法が、先に書いた「書きの方法論」同様、まだまだぶれがあって、ラインは見えているけどたまに足を踏み外すという感覚がある。安定させたい。そしてそのしっかりとしたラインを数本持っていたい。欲張りたい。
登録だけして放置していたブログあって、そこを少し活性化させようと思い、何を書こうかと考えていたら、書くことがなかった。恐ろしくなった。書くことがないなんて事があるのかと思ったあった。じっと考えていたらひとつアイデアが浮かんで、実際書き出してみたら何書いてるのかわからなくなってこれもかなり恐ろしいと思った。
恐ろしさの断片。
「前髪を切ろうと思うんだけど。」「もう切るほど前髪ないじゃないか。」「あと少し、あと少しだけ。揃えるだけ。」「充分揃ってるから切らなくてもいいよ。」「私がわがまま言ってるみたいじゃない。」「そうは言ってないけど、切らなくていいんじゃないのかな。」「人んちの庭で何揉めてるんですか。」「しいて言えば前髪の件でちょっとバタバタしてました。」「うんまぁ前髪は顔の印象を変えるから大事だけど、人んちの庭でそんな大事な話しなくてもいいんじゃないですか。」「ちょっとだけ切りたいんですよ。」
「あなた前髪切る前にそのTシャツなんですか?ぶるうす・はーぷって書いてありますけど。」「色が気に入ったんで、サイズが少し大きいんですけど丸井で買ったんです。」「前髪g
これ一体何を書きたかったんだろう。
電話で話していた代理店の担当さんが物凄く咳をしながらしゃべっていて、つらそうだなぁと思いながら電話を切った。直後、同じ代理店の別の担当さんに電話を掛けたら物凄く咳き込みながら電話に出た。電話の向こう側で何が起こっているのか不安だ。炭酸が強めの何かを飲んだのかもしれない。
5月くらいまで連載するサイトが昨日オープンした。オープンする前はだいぶ楽しく記事を書いたのだけど、オープンして1日経過し、ぼんやりと最初の評価みたいなものが漏れ聞こえてくるうちにものすごく緊張してきた。いかん、このレベルの記事では完全にスベッたやつになりかねない、とか色々考え始めたらぐわーとなって気付いたらトーストを焼いていた。緊張がどんな経緯でトーストに落ち着いたのか記憶にないもう食べ終わった。
その映像を観た人が「すげー!これどうやってんだろう。」と思うような映像を作るということになり、その事を考えてばかりいるのだけど、思い付いた案を人に話すたびに「すごいと思う!」とは言われず「笑える!」と言われてしまう。そっちは別に狙ってない。暗澹たる気持ちを抱え込んでいたら、すごいってなんだろうというボトムな部分まで落ちてしまって、気付いたらトーストを焼いていたもう食べ終わった。
何がよくないって、必死を笑うのはよくないと思う。「必死だなww」←これ本当腹立つ。
最近オードリーをよくテレビで観る。つっこみの若林が本当すごいと思う。完全に若林なくして春日なしだ。「きよしなくして、やすしなし。」と同じだ。なるべく長い間、漫才師であって欲しい。若林すごい。
道で。
「朝バナナダイエット始めたけど、1本だと足りないから2本食べて、あとヨーグルトとブルーベリー食べるようにしてるわ。」
と話す主婦がいた。きちんとした朝食だーなー。
めちゃめちゃ美味しいハッカ飴を買って、聞いたことのない会社だったので調べたら、そのサイトにある社長の日記が恐ろしく笑えて途中から暗澹たる気持ちになった。^臭^←こんな絵文字とかめっちゃある社長日記。臭いじゃなくていいじゃんそこは。やばいやばいやばいやばい。
独立してまもなく1年なのですが、昨年の夏とここ数週間がとんでもない危機だった。やってもやっても終わらないみたいなことになっていた。徹夜とか久々にして逆に太った。
「ヨーロッパ企画の町内会ディスコ」という新番組のオープニング制作他、アートワーク的なことをやらせてもらいました。3月から放送です。京都チャンネルと関西テレビで流れるみたいです。
いくつか新しくライティング案件を担当させてもらいます。面白い案件。
以上五月雨式に近況報告。
「第5回ショートショートムービーフェスティバル・一般予選会」、予選通過ならずだった。12作品中4位という結果で見事に散った。1位と2位の作品が面白過ぎた。正直腹立つくらい面白かった。予選会終了直後は、まぁまぁ4位でええがな、爪痕残したったわ、この短期間で作った割には上出来だわぐらいのふわっふわした感じだったのに、その後ファミレスでスタッフと喋っていたらムクムクムクーと悔しさが巨大化した。これは悔しい。本当悔しいしなんか腹立つしむやみに人を痛めつけたい!ぐらいの雑な心になった。来年も絶対出してやろうと思う。番狂わせを演じてやろうと思う。映像を作るのは苦痛が伴うので大嫌いなのだけど、出来上がると我が子のように愛しい。ipodに落として見せびらかしたい。そしてまた映像作りたいと思う。不思議だなー。
今回の作品はジョッガを立ち上げて初めて、各スタッフが得意とする表現を駆使して作り上げた作品というところにとても意味を感じている。束ねる立場の自分が思っていた以上に表現に対して非力だなぁと気付いたという点も意味深い。たまにこういうコンテストに参加する事は、自分を律するよい機会になります。
ご来場頂きありがとうございました。さらにジョッガ作品へ投票して頂いた方、本当ありがとうございます。審査委員の方からすごく貴重な意見をたくさん頂いた。物凄い糧になった。
という事で短編映画祭ブームが吹き荒れている。3月締め切りの映画祭に出してみたい、そんな勢いになっていて、完全に首を絞めることになるのは承知でちょっとやってみようかどうかというところだ。ざっと調べていたら完全にジョッガの守備範囲と思われる短編映画の募集を見つけたのだけど、応募条件が学生であること、という、大人の力や汚れた金ではどうにも出来ない条件が設定されていた。平均年齢31歳くらいだものジョッガ。みんなしっかり社会人だものジョッガ。こうなったらその映画を作るためだけに学生バイトを雇ったろかしら、映画出来上がった瞬間に解雇したろかしら、という脂っぽい不正すら思いつく、雑な心になっている。4位を完全に引きずっている。ぎょえー!とはいえここ数ヶ月の間に小説を書かなくてはいけないし、番組のオープニング映像を制作という大役を任されてドギマギしているし、かんなり面白い企画のライティングもやらせてもらえる雰囲気だ。映画どころじゃ、ねぇなぁ。