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【演劇】『私たちの街の記憶』における誰なんだ君たち、な快感

March 10, 2014 12:28 PM jammy  演劇

ネオンホールプロデュース公演の演劇作品、もうひとつは『私たちの街の記憶』。ちなみに『マッチ売りの少女たち』の感想はコチラ。

ワークショップ創作演劇「私たちの街の記憶」
■作:出演者
■構成・演出:西村和宏
■出演=いけだはるひこ、市川しをり、大村一仁、加藤亜紀歩、小林日香里、小林寛和、ゆかり、高橋詩織、土谷紘子、松山由美

ワークショップ参加者の実体験を基に、参加者自らが戯曲を書き、キャストを決め、自身も演じるというスタイルで創作した作品をオムニバス形式で上演。とにかく知らないことだらけの1時間。

まず出演している役者さんのほぼ半数を知らず、知っている役者さんのプライベートな一面を知らず、何よりこういうスタイルの創作があることを知らなかった。いや、知っていたけれど、そのやり方は稽古の過程にある、ほんの一部分の、モノを成立させるための行為だと思い込んでいた。その行為をほどほどに、軽く、ざっと、ちゃっちゃと整えて、えいやっと、ガサっと、そーれっと、舞台に放り込んできた。その手口がちょっとショッキングですらあった。まだまだケバっぽいし、雑然とした盛り付けだけど素材本来の旨みを楽しんでくださいって言われてさっと湯通ししただけのたけのことか見たこともないキノコが山盛り出てきた時のそれに近い。なんかそういう、何者なのかよくわからない人々が自分の知らないところで生きてきて体験したワンショットをぶっこまれた。

自身に起こったエピソードを描いた作品に本人が本人役として出演しているので妙に生々しいわけだ。知らなくてもいいことまで強制的に飛び込んでくる。役者さんと客席にはそれなりの距離があるものの、そんな距離は何なりとまたいで客の近くまで迫ってくる。あんたの恋愛話なんか知らねぇよ!君の辛かった話なんぞ興味ないよ!誰なんだ君たち!という思いなんか軽々と蹴散らしてくる。そして気付けばじっと観ていた。誰なんだ君たちと思いながら。少し笑ったりした。そして色々と感心したりもした。創作する上で感じる「恥」のようなもの。その「恥」を作品の核として、そこから広げるという手口。容易いようでこれなかなかの勇気。

自己肯定感、なんていう言葉を最近チラホラ耳にするようになり、『私たちの街の記憶』も作り上げる中でそこに近しい気持ち良さや安心感があったのかなと。自身に巻き起こったアレやコレやの渺々たる出来事をモミモミして、西村演出に揃えていったら作品となったわけだから。誰なんだ君たちと思われていたのに、1時間後には昔から知ってる人のような、あぁいい人生かもしれませんねぇと思わせるような、そういう肯定感と親近感を抱かせる手口。昔『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』という番組があったのだが(観たことないけど)、まさに『西村和宏にはダマされないぞ!(そしてダマされた)』という、痛快な創作演劇でした。それぞれの上演内容はプライベート満載なのでそっとしておこう。

ただあれ、料金取って上演しなくてもよかったのではないかな......。もっとオープンにさまざまな人に見せることで、演劇入門じゃないけど、「あ、ちょっと楽しいかも」というきっかけのきっかけくらいにはなりそうな気も。

welcome to happy set by jogga
ジョッガ代表がhappy setな調子で謳い、綴っています。

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