Jogga

【演劇】カナリアの種類―ネオンホールプロデュース公演『カナリア』―

August 31, 2015 8:53 AM jammy  演劇

新興宗教団体ズラした殺人集団の拠点に強制捜査が入った時、捜査の先陣を切って突入したのは2羽のカナリアだった。毒ガスに敏感なカナリアが、命懸けで人間に危険を知らせたわけだ。そのカナリアがどうなったのかは知らない。ただ鳥籠を持った捜査員の姿を鮮明に記憶しているだけのことだ。20年も昔の話。

■■■

ネオンホールプロデュース公演④
「カナリア」
作:黒岩力也
演出:大沢夏海(ネオンホール)
キャスト:小川哲郎、青柳真優美、あさこ、Abnormal system
舞台美術:下平千夏


「あたしのカナリアを見ませんでしたか。」

演出家滞在型の演劇創作企画「ネオンホールプロデュース演劇公演」は4回目になりました。プロジェクトが始まったのは2014年3月。1年半で4本というハイペースで演劇作品を創作することに私たち自身が驚き、この創作のモチベーションはなんなのだろうかと、自身に問いかけつつネオンホールの壮大な好奇心にみちた実験劇場に身を任せて今回も新しいチャレンジをします。
現代演劇の"演出"ということについて、考えたり実験したりする中で、プロの演出家を招いて創作するところに落ち着きそうな気配がありました。しかしまだ、長野で新たな才能を見いだしたいという欲望も捨てきれず、今回の公演はその小さな光を夜空に見つけるようなものだと思う訳です。

■■■

ネオンホールプロデュース公演『カナリア』を観劇。

内向の世代的味わいのある、観念形態から意識的に距離を置く人々が「置換」によって割り振られた役割を全うしながら、誰の夢ともつかぬ夢の中に居場所を求める姿を、観る人に優しい構造で伝える不条理劇。不条理というほど条理が立たぬわけでもなく、かといってこれが条理なのかと言われるとモゴモゴっとしてしまう演劇は、白い男と青いライター売りの少女、赤い老婆と黒い子供の4人(もしくは3人と1羽、もしくは3人と1匹)が組んず解れつ「私は何者なのか」を主張し合い、時に家族となり、時に他人となるありさまを、抑えに抑えた演技と演出でぶっこんでくる80分であった。

■■■

この世にあるすべての色を「混合」することで生み出せてしまう白、黒、青、赤、黄(ややオーバーだが)。"カナリアがいない"というワンフレーズで、これから始まる演劇が片手落ちの、欠損した、不完全な世界を描きますよというエクスキューズを劇の進行になじませながらお知らせしていく、というなんともスマートなやり口が素敵だった。

こんな捉え方もある。カナリアは、毒の世界からいち早く逃げ出してしまった。毒に気付かず居座り続けた結果、「頭の中まで真っ白になってしまった男」と「ライターを10個3円で売ると言い出す青い少女」と「老婆でもないのに老婆だと思っている赤い女」と「自己の発達を拒み子供でありつづける中年男」の醜態を晒す劇性と毒性を孕んだ劇。

こんな考え方もできる。カナリアはどこから逃げたのか。恐らく籠から抜け出し、窓から飛び出した。名前や立場をCtrl+H(置換)し、カナリアをCtrl+F(検索)し、虚実をCtrl+G(ジャンプ)し、それぞれの色を持った小部屋=セルに閉じこもりながら、他のセルとAlt+M(マージ)し合い、Ctrl+Y(分割)していく人々。無数の糸が車輪と交差した舞台美術をインターネットと見立てるのであれば、そして鳥籠の格子をエクセルの行と列に例えるのであれば、この劇はまさしく、コンピューター演劇、いや、エクセル演劇、いや、虚と実を自在に行き来する、ショートカット演劇ではなかろうか。

......。

カナリアは交雑を繰り返した結果、物凄い数の品種がいる。色、大きさ、鳴き声が異なる数多のカナリア。ネオンホールプロデュース公演『カナリア』は、解釈の交雑を繰り返し、さまざまな答えを導き出すことができるカナリア演劇だった(これも無数の解釈のうちのひとつ)。

(了)


welcome to happy set by jogga
ジョッガ代表がhappy setな調子で謳い、綴っています。

最近のブログ記事

月別アーカイブ