Jogga

気味悪いのに気持ち良い舞台『邪宗門』を通じて眺める地方都市

November 16, 2012 1:46 AM jammy  気になったこと 長い方の文 長野

■地方都市で起こっている演劇的変化
長野市のライブハウス・ネオンホールでロングラン公演中の舞台『邪宗門』が連日満員とのこと。噂が噂を呼び、夜な夜な当日券を求める人々で溢れかえっているそうだ。二度三度と観劇する人も少なくないと聞く。この先何年も語り継がれる10日間になるはずだ。地方都市の小さなライブハウスで、大きな変化が起こっている。地方都市における文化的活動はもちろん、ローカルでの暮らし方、生き方にまで波及するような変化が。

出演者は総勢40名程。そのほとんどが、昼間は社会人として働いている、ごく普通の市民である。仕事を終えて飲みに行き、上司の悪口で盛り上がるでもなく、家に帰って思考を停止させながらテレビを眺めるでもなく、彼らは我先にと劇場へ足を運び、稽古に励み、互いの芝居を批評して、高め合う。そういう過ごし方をしている。全幅の信頼をおく演出家の言葉を取りこぼさぬよう頭に叩き込み、台本に書き込む。そうやって夜を過ごすのだ。演劇という同じ"趣味"を持った人々が集まるコミュニティで、ただただ割り当てられた役を演じ、物語に心身を委ね、幕が上がる直前まで追い込む。自身をむき出しにして、奥底にあるすべてを披瀝する覚悟がない限り、ここまで豊沃で、どこかゴツゴツしたカッコイイ生き方は到底出来ない。幸せで、勇気のある人々である。自分には真似が出来ない羨ましさもある。

演劇という、公演が終われば消えてなくなる刹那の権化のような怪物に、良い意味で人生を狂わされた役者も多いのではないかと思う。ほぼ未経験、中には初めて舞台に立つという役者もいるのだ。彼らの今後の人生に、演劇がついて回るのは間違いない。それくらい、演じるという事は魅力的でもあり、毒も孕んでいる。読書、音楽、スポーツ、絵画、英会話、庭いじり、旅行。趣味と呼ばれるすべてのジャンルの中で、演劇という趣味は毒気が強いような気がする。中毒性が、俗に言う『ハマる』ということであれば、演劇の毒性は高い。市民演劇の土壌が固まるにつれ、演劇中毒患者の数もどんどん増えていくのではなかろうか。個人的には役者と同じくらい、作・演出を趣味として楽しむ人が増えればいいなと思っている。素人役者が素人作家の戯曲を演じるのも愉快な話だと思うのだが。

■アングラの皮をかぶった、快楽演劇『邪宗門』
邪宗門は寺山修司の戯曲。2012年に合わせたアレンジも施されてはいるが、ほぼオリジナルを踏襲しているそうだ。物語は単純。恋に溺れた男が、好きになった女に「私と一緒になりたかったら、母親を捨てなさい」と言われ、はいわかりましたとばかりに母親背負って捨てに行く、という縦軸が1本。世を忍ぶ仮の姿が紙芝居屋、今は渋谷警察署に奉公している一寸法師と、父を探して彷徨う女&耳を探す耳なし芳一、という縦軸が1本。この2本の縦軸に、妻が洗濯物干し場に上がったきり降りてこない変態人形師、かん袋に詰め込んだ母親を蹴りながら大笑いする少年航空兵など、さまざまな登場人物が横軸となって交錯しながら物語は進んでいく。

アングラ演劇であると同時にメタ演劇でもある本作品、物語を追う気持ち良さはありつつも、終盤に突如として起こるメタへの導線がかなり快感。まさにぶった斬りの気持ち良さがそこにはある。そう、『気持ち良さ』というのは、この舞台のキーフレーズのような気がする。舞台そのもののトーンは暗く、恐ろしく、息苦しく、血の味がする気持ちの悪い世界だが、そこに見る側を気持ち良くさせるさまざまな罠が張り巡らされている。ラストのメタへの導線もそう。耳に心地よい劇中歌と掛け声も、演者全員の合唱もそう。角兵衛獅子の喋り出しも、少年航空兵が現れるタイミングも、鞍馬天狗の独白も、気狂いの如く役者が踊る姿も気持ち良い。ラスト数分の扇動的アジ演説も最高にそそる。そして、何より寺山修司が紡いだ台詞の一言一言が果てるほどに気持ち良く、カッコイイのである。

表層だけをなぞればアングラ演劇の見本的傑作、1枚めくれば虚実混在のメタフィクション、さらにめくればシステマチックに快感ポイントを埋め込んだ計画的演劇。もっとめくれば、まだ何かあるかもしれない。めくればめくるほど何かが潜んでいると思わせる作品だからこそ、演ずる側も観る側も、おちおち気が抜けない。ラスト3ステージ、事故もなく無事に楽日を迎えてくれる事だけを願う。

公演詳細はコチラで。




ミステリー・ジョッガ

January 10, 2011 8:50 AM jammy  長い方の文

新年早々謎めいた出来事があったので、記録にとどめておこうと思う。

先日、"パイント"という、酒を飲まない僕にとってまったく馴染みのない単位でビールを注文して飲む、という新年会があり、ただパイントと言いたいがために向こう1年分くらいのビール(4杯)を飲み、なんだかんだで26時解散、その後タクシーで帰宅し、27時にはベッドへ潜り込んだ。

寝苦しくてふと目が覚めると、明け方5時ちょっと前。ド真冬でド寒いのに、なぜか汗だく。どうも胸のあたりもムカムカするではないか。もっと言えば腹の中もぐにゃんぐにゃんとした感じになっている。軽く吐き気さえある。頭も痛いような気がする。

ははーん、これがあの二日酔いというやつだな、と。齢35にして初めての二日酔いだな、これはいいネタになるぜ。

と思いながらまどろんでいると、いつの間にやら朝。これが二日酔いの朝かー、と感慨深い。

以前某製薬メーカーの案件で、二日酔いに関する仕事もしたので(どんな仕事だ)、二日酔いにはちょっと造詣が深い。二日酔いになったら、じっとしていなくてはいけないのだ。色々と試してはいかんのだ。ただただ体力の回復を待つのがいちばんいい。と、知ってはいるものの、やはりここは貴重な二日酔い体験。サウナに行ったり、迎え酒をあおったりもしてみたいじゃないか、と思うも、家にサウナもないし迎え入れる酒もない。3つばかりの梅干と日本茶を準備してもらい、

「昨日はそんなに飲んでないんだけどなぁ。いやーまいったまいった(苦笑)」

みたいなことを言いながら梅をちびちび食って、お茶をズルズルと飲んだものの、全く気分が晴れてこない。いやむしろどんどん体調が下降していく。二日酔いとはなかなか手ごわい。

昼。ビタイチ動けなくなる。目が回る。頭もカッカと熱い。これはすごい。二日酔いなんて生やさしい名前じゃなくて、後天性なんちゃら症候群みたいな、ちょっとこれは重病だぞ、と二日酔いユーザーに思わせるくらいの名前じゃないとダメだろと思うくらい、体が言うことを聞かない。体の関節も異常に痛いし、試しに熱を測ってみたら、40℃を目指さんばかりの勢い。

これ、二日酔いじゃない。二日酔いじゃない疑惑。と同時にインフルエンザ疑惑、ノロウイルス疑惑と一気に3つもの嫌疑をかけられる無粋な男に成り下がった。とにかく落ち着きたい。いや、横になりたい、僕は横になりたいんです!と疑いの目を避けるようにベッドに飛び込みそのまま眠る。このまま起きないんじゃないかという不安とともに。

どれだけ寝たのか覚えていない。目が覚めると夜中だった。猛烈に腹が減っている。気分も晴れ晴れしい。テレビが観たい。バラエティ番組が観たい。関節の痛みも嘘のようになくなっている。体温はド平熱の35.7℃。何なら普通の人より平熱が低い。とにかく欲求を満たすべく、僕はテレビを観まくった。

たった1日だけ40℃近い熱が出て、1日で平熱に戻るなんていうミステリーが、この世にあっていいのでしょうか。

いいんです。

オートバックスとパンクブーブーとの折り合いの悪さ

December 20, 2009 9:01 PM jammy  joggaの仕事 ブロ本 長い方の文

何だか今年のM-1グランプリはとっても面白かった気がする。ケラケラ笑ってしまった。

パーフェクトで優勝したパンクブーブーは、「爆笑!オンエアバトルの人」、ってイメージしかなくって正直まったく注目してなかったけど、すごく面白いんですね。笑い飯が1本目の鳥人ネタと同じレベルのネタで攻めてたら完全に笑い飯だったし、1本目と毛色の違う漫才をやってたら絶対NON STYLEが優勝だった気がする。どこに転がってもおかしくない、そんな後味。NON STYLE、だいぶ好き。

東京ダイナマイトを個人的に応援していたんだけど、残念でした。ただネタの入りが本当面白かった。マイクに向かいながらしゃべりだす、というまさかの技法。あそこだけ何回も観てしまう。笑い飯の鳥人ネタは一生言われ続けるであろうね、あれはすごかったです。人と鳥の境目見せたろか、っていう。

完全に年末の風物詩に定着して、吉本がすごいのか、テレ朝がすごいのか、とにかくあと少しで2009年終りだなぁ、と思うM-1グランプリ。2010年は志ん茶と弾丸ジャッキー があの舞台に立っていることを願いつつ、年賀状作りと山積している修正原稿等々をこなそう。

先日飲み会で、ツイッターは頑張ってるけどブログはがんばってないですねって言われたので、来年は頑張ろうと思う。今サーバとかそのへんをいじって、サブドメインというのを設定しているのだけど、たいがい何をどうすればいいのかわからない。技術の人はそういうのがぱっぱぱわかるからすごいと思う。

本谷有希子の小説「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (講談社文庫) 」で、自分は女優になってビッグになる、ビッグになれる、ビッグになるべき人間だと勘違いしている姉を冷静に見つめて、その姉を主人公にマンガを描く妹が「お姉ちゃん、面白すぎだよ!」って言うシーンだけどうしても読みたくて、本棚を探っていたらありゃしない。誰かに貸したかどうだか。小説は荒っぽく書いててそんなに趣味でもないけれど、舞台は本当、感激するくらい面白かったな、腑抜け。小説のあのシーンだけ読み返したい、という欲が急にむっくりするので、そのページだけ破いて1つにまとめたい。正月休みにでもやるか!

映像でも広告でもwebでもなんでも、表に出ない物語をどこまで丁寧に作り込んでいるかによって、その制作物のどっしり感と深みは雲泥の差。プランナーやライター、ディレクターはもちろん、デザイナーだって営業だって技術屋だって、そこに描かれている文脈を読み取らないと、いかんと思う。
表の派手さとか美しさとか面白さを気にするのと同じだけ、裏のストーリーをきっちり作り込まないといけないな、と最近さざまざな表現を見る度に思う。裏のストーリーを描いてますよっていうのが表に透けて見えている企画はそれはそれで本気でダサいけど。どっかの眼鏡メーカーが最近までやってた企画がそうだった。とびきりダサかった。
だからビジネス書で内面を耕すこともしながら、小説読んだりマンガ読んだり映画観たりしないといかんと思う。もっと言えば創作のハウツー本とか、ストーリーテリングの本とか、演劇の作法とか、それこそ作文の書き方とか、そういう本もビジネス書同様に読むとよい気がする。そこで得た知識やテクニックは、表に出ることは絶対ないけど、下地として持っているべきものなので、きちんと読んでいこうと思う。自戒です。コボちゃんばっかり読んでる場合じゃない。でもたった4コマで笑わせる4コマ漫画の突撃力は欲しい。

最近は作詞をやらせてもらっている。作詞って、理系の心を持ってないと出来ないんじゃないか?出来上がったらまたお知らせしたく。



パウダーインゼリー

October 8, 2009 11:55 PM jammy  長い方の文

ハッピーターンの粉が増量という話を聞いて、早速買ったらまだ増量前のハッピーターンだった。なかなかハッピーがターンしてきてくれない。今週ももうじき終わる。近年稀にみる平和な4日間を過ごしている。デスクでぼーっとしていると色々思いつくので、創作もまずまず順調だったりする。うんうん唸りながら、力技でアイデアや文章を生み出すよりも、口を半開きにして体を弛緩させてぼっけーしてる方が色々出るらしいです。レイモンド・チャンドラーが言うてました。レイモンドがぼっけーとしている姿を想像するだけで、うふふ、ですね!

そうそう、毎週レギュラーで書かせてもらっている原稿があるのだけど、かれこれ数ヶ月続けてきて、未だにその記事のキャラクターが定まらない。定まらないというか、もう性別もどっちやねん、という感じになっている。書いているのは逃げも隠れもしない34歳のおじさんなのに、原稿の中では「これはもう買うしかないよね!」とか「ステキ~!」とか書いている。恐ろし過ぎる。「~!」が怖すぎだ。でも内容的には絶対こういう「~!」なやつなので、読者のみなさんごめんなさい、この記事を書いている人はひげが生えているよ、と思いながら毎週書いている。「だよネ!」と、まさかの最後だけカタカナ形式も多分何回かやっていて、これを書いた時は昭和を懐かしんで書いたんだと思う。毎週日曜日くらいから構成を考え始めるのだけど、その時の気分でだいぶキャラが決まってしまう。だから毎週少しずつおかしなことになっている。とにかく男か女かだけでもハッキリさせたい。原稿を送るたびに先方の担当者が読んで「おじさんなのに『これはオススメ★』とか書いちゃってるよ。★だよ★!」と苦虫笑いをしているんじゃないかと思うとなかなか先方の担当者に会う勇気も出てこない。

メモを持ち歩くことを最近やめてみた。いわゆるネタ帳というか、創作メモというか。全く創作活動に支障が出ていないところをみると、そもそも必要なかったみたいだ。
いつかこのネタ使えるなぁと思ってメモしたことって、しばらくして見返すとだいたい腐ってる。今このネタ使えるなぁと思ったネタは今すぐ使うから、メモする必要なし。だからまぁ、いらんなー、メモ。ということに。
インプット、アウトプットはすごく大事だけど、「俺インプットしてるぜー、いつかアウトプットするぜー。」つって、結局いつまでもインしたことをアウトしない、謎の出し惜しみみたいなことに陥っている人が結構いる。いつまでも冷蔵庫の奥に焼肉のたれがある、エバラがある、みたいなことになりがちだから、買った焼肉のたれはすぐ使おう。出来る限り使い切ろうと教えてあげたくなるし、むしろ自分もそっちの口かもしれないから意識改革。すぐ使おう。すぐやろう。

ハッピーターンのあの粉、「ハッピーパウダー」と名前がついていた知らなかった。そのパウダーをキャッチする溝と凸凹がハッピーターン本体にあって、溝は「パウダーポケット」、凸凹は「でこぼこゾーン」という明らかな命名差別。凸凹の方だけ雑に命名されている。ぱぱっとケツにゾーンだけつけられている。「パウダーゾーン」程度の名前をつけてあげたらいいのに。

風呂が沸いた。

しあわせなノート

June 30, 2009 5:53 PM jammy  長い方の文

5月の図書館。私はひとり、駄作の代名詞と呼ばれる文学作品の活字を必死に追いかけていた。

息苦しくなり窓の外に目を向ける。雨である。鬱陶しくなり前を向く。少年である。雨はいつの間に降りだし、少年はいつの間に目の前に座ったのか。とにかく雨は降っているし、少年は私の前の席に座っている。
たくさんの人が読書を愉しむ大きな机には、参考書を積み上げヘッドホンステレオで何かを聴きながら問題集にえんぴつを走らせる青年、家庭雑誌を広げて「梅雨にぴったりのアッサリ献立」をメモする髪の長い女性、日経新聞の社説を食い入るように読む白髪の男性、猫が難事件を解決するストーリーの小説を一生懸命読む眼鏡の少女、そして私。少年。それぞれがそれぞれの読み物に夢中である。静かだ。

少年は小学校3年生か4年生か。どちらにしろ背は小さく、体も細身。顔は丸く愛嬌があり、普段の顔が笑っているような、そんな造作である。大きな目の上にある眉毛は薄い。髪は真っ黒で、ゆるい癖毛。前髪がくるりと跳ね上がっているのは雨の湿気のせいかもしれない。黒のボーダーシャツにデニムの裾を少しだけ織り上げたジーンズを履いたその少年は、被ってきた帽子を左側の空いている椅子に、紺色のスポーツバッグと一緒にきちんと置いている。私は興味を抱いた。

雨脚は強くなるでもなく、弱くなるでもなく、ただただ黙々と降る。そして眼前の少年は、静かに植物図鑑を眺めている。そんな少年を、駄作に夢中のふりをしながらそっと眺める。

スポーツバッグから色鉛筆と、表紙に鮮やかな朱色で格子の模様が描かれた薄いノートを取り出した少年は、真っ白なページに一瞬躊躇するかのように、赤い色鉛筆を手にしては戻し、黒い色鉛筆を手にしてはまた戻し、再び赤い色鉛筆を手にしてから、静かに花の模写を始めた。植物図鑑の「イザヨイバラ」と書かれたページををじっと見つめながら、赤色、白色、桃色の色鉛筆を器用に使い分け、どこか笑っているような、愛嬌のある表情でイザヨイバラを描く。
描き終わった少年は大きく息を吐き、続けて赤い色鉛筆で「イザヨイバラ」と書いた。その隣りには「(薔薇)」と書く。模写したイザヨイバラと同じく、丁寧な文字で。

背伸びをしながらノートを眺める少年が、本当に小さな声で「あ」とつぶやき、植物図鑑とノートを交互に見る。「薔薇」の文字を間違えたらしい。「(薔薇)」と書いたつもりがどこか違ったのだ。少年は「(薔薇)」と書いたつもりの文字を、赤い色鉛筆でぐるぐると塗りつぶし、その横に「(ばら)」とひらがなで書き直した。少しだけ悲しい顔をしていた。

イザヨイバラから始まり、少年は次々と花を模写し続けた。ポピー、アネモネ、ベゴニア、サルビア。1冊のノートすべてに花を描き終えた少年は、「薔薇」の文字を間違えた時に見せた悲しい顔が嘘のような笑顔でノートをゆっくりと1ページずつめくっていく。バラ、ポピー、アネモネ、ベゴニア、サルビア、スイトピー、カーネーション。
全てのページに花を、しかも赤い花ばかりを描き終えた少年は満足そうな笑顔で少し体を揺らしたり、背中をそり返してみたり、周りを見回してみたりしながら、スポーツバッグの中からマジックペンを取り出し、鮮やかな朱色で格子の模様が描かれた薄いノートの表紙に大きな文字で、


おかあさんへ

赤い花いっぱいずかん

勇次しゅっぱん社



と書いたのである。5月の日曜日、赤い花、おかあさん。少年は、母の日のプレゼントを作るためにひとり図書館へと足を運び、私の前に座って、赤い花いっぱいずかんを描いていたのだ。お小遣いもそんなにないし、お母さんに何が欲しいか聞いてもユウちゃんがそう言ってくれる気持ちでいいよって言うし、気持ちってなんだろう、お小遣いもそんなにないし、気持ちってなんだろう、と色々考えた末の最高のアイデアが赤い花いっぱいずかんであり、勇次しゅっぱん社である。

このノートは母親の手に渡り、ユウちゃんありがとうね、とっても上手に描けてるわ、ちょっとパパ見てよこれユウちゃんが、どれ、へー勇次すごい上手だな、赤い花ばっかりじゃないか、そりゃそうよパパだってこれはユウちゃんが母の日にってくれたんだもの、ちょっとユカリちゃんこれ見てごらん、お兄ちゃんが描いてくれたのよ、お兄ちゃんお花なんて描いて女の子みたいだよー、いいのよユカリちゃんこれはねお兄ちゃんがママを喜ばそうと思って一生懸命描いてくれた宝物なんだから、というやり取りがあり、さらに、あーお兄ちゃんここ間違えたんだー、あら本当ねこれは薔薇って漢字で書こうとしたんでしょうユウちゃんにはまだ難しいわよね、そりゃそうだよパパだって薔薇なんて書けないよ、という会話も生むであろうノートである。
そしてこのノートは母親によってこの先何十年も大切にされ、少年が成人し、恋をして、家庭を持った頃に、ねぇ亜由美さんこれ見てよ勇次が小学生の時に作った母の日のプレゼント、えー見たいですーへーすごい上手ですね、赤い花ばっかり描いてあるのよ、本当ですね、この赤いポピーなんてすごく上手ですよね、そうなのでも私が一番好きなのはこのぐちゃぐちゃってなってる、あぁここなんですかあぁ薔薇って書こうとして書けなかったんだ、そうなの漢字で薔薇って書こうとして間違えたの、あははは面白いですねー、でしょう、面白いでしょう、これもらった時、将来のお嫁さんに絶対見せようと思って大切にしてたのよ、という会話も生む幸せなノートである。

雨はいつの間にかあがっていた。少年が座っていた席には誰もいない。優しい午後である。

迷える子豚ちゃんに捧げるiPhone賛歌・後編

June 29, 2009 12:32 AM jammy  長い方の文

前編はコチラ

とにかくiPhone購入に迷っている人の背中を少しでも蹴り飛ばそうと、かなり個人の嗜好に偏ったiPhone使って2日目レビュー。
※結構長いので、関心のない方はtwitterで、創作名言をどうぞ。

月額料金が安い、のハッピー。
特にドコモユーザーの方。通話・通信料金ってあってないようなもんなのか!とさえ思ってしまいます。浮いたお金で高い方の牛丼を食べたりしたらよい。

いつでもどこでもインターネットが出来る、のハッピー。
これが本当に魅力的。いつでもどこでもって言いすぎじゃね?とか当初は思ってたんですが、本当じゃん。びびるわ技術。
搭載されているブラウザ・safariが使いにくいとか言ってるユーザーもいるみたいですけど、気にしすぎ。接続が遅いとか言ってるユーザーもいますけど、気にしすぎ。豊富なアプリを使う事の方が多いので今のところ全然気にならないです。アプリの補完としてsafariという感覚。
※Flashを使ってるサイトはダメなんですってね。確かにダメでした。

アプリの圧倒的な品揃え、のハッピー。
多数のアプリをダウンロードできるApp Storeをウロウロするだけで充分楽しい。ipodtouchユーザーだったのでApp Storeはちょいちょい利用してましたが、これまたパソコンを使っての作業。面倒。なに俺パソコン嫌いなん?
iPhoneであれば、画面上のApp Storeアイコンを叩いて、ウロウロして、人のレビューとか読んで、ちょっと一瞬だけ使ってみようかなつってダウンロードして、使ってみるっていう流れがすごく自然に出来るので、もうバンバンダウンロードしてバンバン使ってガンガン捨ててます。ダウンロードの時間も、せっかちな自分が余裕で待てるのでストレスなし。
アプリも本当便利なものが多いです。とりあえずマスト!なアプリはこんな感じかと。人によって全然ちげーけど。

google mobile app
googleのサービスを集約したアプリ。ブラウザ起動してgoogleのサイトへ行って、みたいなのがだるい人はいいです。結局サイトに接続するんだけどね。

skype
仕事の相手に一瞬だけ確認したい時、電話ってのもあれだし、メールってのもタイムラグがなーって時はskypeのチャットでぺろっと確認。便利。Wi-Fi環境だと無料で通話が出来るっつーのも魅惑。今のところそんな夢見たいな環境に出会ってません。

Twitterrific
最近ずっぱまりのtwitter。アカウントをjoggapoiiy2つ持っているので、複数のアカウントを登録できるアプリを探したらコレでした。使い勝手もよろしくて。

LDR touch
livedoorのRSSリーダーを使っていて、ドコモ時代も時間があれば人様のブログなんかを読んでいたのですが、このアプリの方が格段使いやすくてよいなぁ。

iWoopie
iPhone標準搭載のYouTubeや、その他の動画サイトで閲覧した動画をダウンロード出来ちゃうっていう便利アプリ。好きな動画を保存したい派なので、これ最高。主に昔のCMとか集める派。TheR35世代。

iSWEN News JP
テレビ、新聞、ニュースサイトなど20種類程度のメディアのニュースを閲覧できるアプリ。ニュース大好きっ子にはたまらんのです。スーニュー、どん!

TapDefence
昨年からipodtouchで遊んでたゲーム、未だにやってる。防御系ゲーム。

★独自ドメインでメールの送受信が出来る、のハッピー
@jogga.jpという独自ドメインのメールを仕事で使っていて、このメールですらiPhoneで設定出来やがる。
今まで@jogga.jp宛てメールは、
@jogga.jp→Gmailへ転送→携帯メールに転送

っていう流れによって、外出先で確認していましたが、携帯メールから返信するというのも失礼かなぁ、とか思って、携帯でGmailにアクセスして返信したりしてました(Gmailの設定を@jogga.jp宛てとして送信できるようにしていたので)。
携帯版Gmail使った事がある人はわかると思いますが、Gmailの良さが完全に殺されてて、めっちゃ使いにくく、すごいストレスでメール打つのやめて電話しちゃったり。「今トイレだから折り返す。」とか言われた。
iPhoneにしたのでそんなのも一気に解消。まさか独自ドメインのメールが設定できるとは思っていなかったので、さっき出来たよって教えてもらった時にはだいぶ大きめの声ですげー!と言ったよ。

★メールが実は打ちやすい、のハッピー。
タッチパネルだから、メール打ちにくいんでしょう?なんつー声もちらほら聞こえたiPhoneですが、実際メールを打ってみたら、別に普通。なんなら親指でぺこぺこ打つより打ちやすいんじゃないかと。
パソコンよろしくなQWERTYフルキーボードのほかにも、慣れ親しんだ数字キー配列バージョンもあるので、使いやすい方にしたらよいです。
数字キー配列を使う場合は、従来の携帯メールのように親指を使うと逆にだるくて、「パソコン初心者お父さん打ち」がベスト。人差し指でぽつぽつ押すのがやりやすかったりします。人差し指が棒と化して、今では猛烈な早さでメールが打てます。

★手帳要らず、のハッピー。
googleカレンダーと、iPhoneのカレンダーの同期を保つ事が出来るのがなんか怖いほど便利な気がします。パソコンからgoogleカレンダーに予定を書き込んでも、iPhoneのカレンダーに書き込んでも、どっちにも書いた瞬間反映されるとか、もうちょっと理解できない怖い怖いこういう仕組み。これ本気で手帳いらんかも。iPhoneと小さいお帳面、ミント菓子の3点セットだけで外出しちゃえそうな気配。

★写真を撮る気になる、のハッピー。
今まで使っていた携帯のカメラ機能がへぼだったってのもありますが、iPhoneのカメラ機能は使ってみようという気になる一品。画面がデカイからかも。あと起動がスムーズなので、さっと構えてさっと撮れます。動画撮影も同じく。

★カバーを選ぶという新しい感覚、のハッピー。
携帯電話のケースってのはあって、バッグからぶらさげるためのポーチ的なケースとか。でもiPhoneではケースもありつつ、カバーっていうのがあります。カバー。電話にカバー。黒電話にレースのカバーしてる家が子供の頃ありましたけど、その感覚。なにそれダサい?
まだ魅力的なカバーに出会ってないですけど、種類は豊富。カバーでアイツと差をつけちゃえ!みたいな楽しみ方が出来るハッピーもあります。小ハッピーですけど。

★天気予報ばかり見てしまう、のハッピー。
標準装備されているお天気モードがあって、なぜかこの天気機能がかなりお気に入り。東京・長野市・松本市・京都の天気を登録してて、ふと眺めながら「おー!東京より長野市の方が今暑いじゃん!」とか軽く盛り上がるっていう暗い感じ。さらにヘルシンキの天気まで登録しているので「今は晴れ・20度だ。よかったな、晴れて。スオミ。」と思ったりする、やっぱり暗い感じ。これ無料っていいなぁと思った。天気予報で世界一周をしよう。

★YouTubeまみれ、のハッピー。
YouTube依存症がさらに加速した。篠原ともえの「チャイム」という曲がよいよ、とcharlyさんに教えてもらったはしからYouTubeで検索→視聴。この流れ最上級。パソコン起動して、っていうのがバカバカしい!しーバカしーバカ。

★充電がなくなるのは自分のせい、のハッピー。
充電がすぐ切れる!という話を以前から聞いてて、だめじゃーんと思ってたんですが、使ってみてわかったのは、それ自分のせいです。
iPhoneが快適すぎ、楽しすぎ、面白すぎでずっと触ってしまうので、そりゃ充電もさっさと切れるわ、と。充電がすぐなくなるということは、それだけiPhoneを楽しんだってことです。ハッピーだわーこれ。

結構古い携帯電話を使っていた&自宅PCがボロい、っていう低いスタート地点からの目線というのもありますが、そのへんさっぴいてもiPhone、よい。ほぼ無敵。

迷える子豚ちゃんに捧げるiPhone賛歌・前編

June 28, 2009 11:47 PM jammy  長い方の文

ガジェットな話題を。すでにiPhoneユーザーの方は「なにをいまさら!」みたいな話です。

この週末に10年使ったドコモからソフトバンクへキャリアを変更。iPhone3GSを購入。

ドコモ使い続けてるし、なんとなくドコモの方が信頼感あって、ソフトバンクはなんとなくダーティなイメージあるし、料金形態ややこしいし、メールアドレス変わりましたのお知らせするのも面倒だし、タッチパネルって信用できないし、メール打ちにくそうだし、電話も掛けにくそうだし、画面がなんとなく見にくそうだし、そもそもiPhone3GSって、お高いんでしょう?

こんな感じで迷っている子豚ちゃんがいるのであれば、すぐさまその考えを改めた方がよろしいブー、と断言してもいいくらい、iPhone3GSは素晴らしい。たった2日使っただけですが、これはもう完全に「今までなんで迷っていたんだブー!バカブー!!」と悔やむくらい素晴らしい。

そもそもどうしてiPhone3GSを購入しようと思ったのかというと、仕事柄出先で調べ物をして、原稿を書いたり、事務所を飛び出してファミレスで物書きに徹する、という機会が増え、そのたびにパソコンを開いてチマチマとリサーチをしていたのですが、もうそれが面倒で。手書きでざらっと構成案だけ書きたいのに、いちいちパソコンを開けたり閉めたりするのがどうも億劫。

外で簡単にインターネットが出来ればいいなぁ、さらにメールや文書作成が出来れば尚いいなぁ、なんて思ってたら、ドコモからBlackBerryが発売。ドコモユーザーだしこりゃいいや!これにしよう!と思って色々と調べたところ、なんかこれ微妙に料金高くないか?ということに気付く。
ただBlackBerryのフォルムが最高に好きっていうのと、タッチパネルじゃなくってきちんとキーボードがあって、さらにoffice系のソフトが閲覧だけではなく作成まで出来るというじゃないですか。

心はもうBlackBerry。オバマ大統領も使ってるとか、なんかもうそういうしょうもない情報すら愛しくなるくらい心はBlackBerry。買う寸前。月額料金微妙に高いけど、まぁいいよまぁいいよもうこれにしよう、と。

そのタイミングでiPhoneの新しいのが発売されるっていう話が出てきましたが、ソフトバンク。あーはいはいあの胡散臭いやつね、ソフトバンクだけどやってること全然ソフトじゃないところね、僕んところは天下のNTTドコモだから、安心安全ドコモだから、っていうドコモ神話にしがみつきながら、かなりの上から目線で何の気なしにソフトバンクの料金形態を調べてみたところ、べらぼうに安いことが発覚。なにこのホワイトプランって。神業じゃん。ついでにKDDIも調べてみると、ゆるぎない事実にぶち当たり。

ドコモ、月額料金高すぎる。

ソフトバンクとKDDIが超安いってことではなく、もうドコモが高すぎ。10年使った恩恵を受けているのに、その恩が実はたいしたことない、小さな親切ぐらいなものだったと知った時の驚き。ろきおど、どん!

ドコモからキャリアを変更するつもりが毛頭なかったので(それは10年使い続けているからという単なる惰性と、ドコモがいいよね、なんとなく、っていう雰囲気だけで)他キャリアの料金を気にすることが一切なく、今回改めて探ったところ、こんな感じの結果が待っていたのです。なんでも視野を広く持つ事が大事、ということはこういう普段の生活の中に潜んでいます。教訓。

ブログ開設以来初めての、次回へ続く。後編ではiPhoneが運ぶハッピーなお話。

とてつもなく他愛もない話

June 1, 2009 11:55 PM jammy  長い方の文

他愛もない話でも書こうかと思う。
最近自分が好きな映画や音楽など、文化方面の情報を教えたり教えてもらったりという活動が俄かに活発になっていて、そういうことになると、面白かった映画や小説を結構忘れていて、つまらなかった映画や小説ばかり覚えている自分に気付く。酒の一杯でも呑んでいると、口に出した映画が面白かったよと薦めている自分と、あれ本当にこの映画面白かったんだっけという自分、ふたりの自分が生まれることがある。
だから酒の席で僕が薦めた映画は結構面白くないかもしれないという不安に後日襲われて、もう一回確認のためにその映画を観直すという、非常に律儀な行動に出てしまう。言うところのA型気質というやつか。数年前までは血液型で人を区分するのってナンセンスよね、と思っていたけれど、34年間生きてきて、出会った瞬間に「あぁこの人とは合わんなー。」という人を思い返すとほぼ全員が同じ血液型だった、ということに先日気付いて、偶然という一言で片付けていいものなのかどうなのかが不安になり、もう一度ひとりずつ嫌いな人の顔を思い浮かべるという、非常に律儀な行動に出てしまった。言うところのA型気質というやつだ。

他愛もない話をするのは結構難しい。『キャシャーン』という映画と同じくらい他愛もない話がしたい。あの映画なんだったんだろう本当。驚くわ。おどろ驚くわ。おどろおどろしいわむしろ。

『バス男』という映画が大好きなのだけど、この映画を人に薦めるのは非常に気を遣ってしまう。面白いと言う人と同じだけ面白くないと言う人もいる映画だからだ。ポケットにポテトを忍ばせて、授業中に食べるシーンが本当何回観ても笑ってしまうから、そこのシーンだけ観て欲しい。他愛もない他愛もない。

SALというちょっとしたビデオカメラでムービーの撮影をしまくっている。よっこいしょ、ってやらなくてすぐ撮影出来るからすこぶる具合がよい。ただ今までムービーの撮影はよっこいしょ、ってやらないと撮影できないから、スチールばっかり撮影していて、写真の頭になっているっぽく、ムービーで撮影しなくてもいいんじゃね?これ。っていうモノばっかり撮影している気がする。これからどんどん撮影して、どんどんサイトにアップしていきたい。

最初の話に戻ると今日そういえば「あそこの近くにすごい美味いラーメン屋ありますよね。」って言ったと同時に「そうだっけ?」と思った。「あそこのラーメン屋美味いらしいから行ってごらんよ。」と言われたのが巡り巡って「あそこのラーメンは美味かった。」ということになっているんじゃないかと思う。なんなら行ってないんじゃないかとすら思うそのラーメン屋。ラーメンと言えば最近出会ったラーメン屋が過去数年不変の俺ラーメンランキングを一気にぐっちゃぐちゃにするような美味すぎる味だった。なんとなく誰にも教えたくないような場所にある。水曜日に行こうと思っていた服屋も、ちょっとわけわかんない場所にあるのにめちゃめちゃオシャレな服が山ほどあるので、なんとなく誰にも教えたくないからだいたい一人で行ってしまう。言うところのA型気質だ違う。

でも本当その服屋はなんでこんな場所に!みたいなところにあって、思いっきり住宅街のさらに奥みたいなところで、もっと前に出たらいいのにそこがよかったんだろうか。ネットカタログで見たら1万円くらいするTシャツが、店に行くと2千円だったりする。ネットで調べた人が、このTシャツかっこいいけど高いから行くのやめようって思わせるために変な金額を書いているとしか思えない。2万7千円のジーンズが5千円になっていて、プラス5千円するベルトがオマケで付いてきたりする。潰れないで欲しい。

今日はどうしても欲しい帽子があって(なかった)、古着屋などを数軒はしごしたのだけど、どの店も店員同士がおしゃべりをしていたので、ちょっと素敵なTシャツなどあったはあったけれど、おしゃべりしてたので買うのをやめた。そういうところあるなー、俺と思いながら。実は結構そんな人いるような気がする。だから服屋とかやってる人は絶対おしゃべりしない方がいいと思う。あと「ご試着も出来ますんで。」つて声掛けてくる店員が多すぎる。ご試着が出来ない服屋ってのが世にどのくらいあるのか知らないけれど、僕が知る店はすべてご試着が自由だ。1軒だけ「着てる服の上から試着してくださいね。」って言われて、試着室の中で着てる服脱いで試着してやったことはあるから、まぁ世の中に試着出来ない店ってのはほぼ1軒あるかないかだ。あと「ご試着も出来ますんで。」ってことはご試着以外の何かも出来る前提の「ご試着も出来ますんで。」ってことだなおいこら。「トーストも焼けますし、ご試着も出来ますんで。」みたいなことだなおいこら。いいけどそのへんは。ファミレスで「ご注文を繰り返させて頂きます。」って部分に突っ込んだりする流れとか嫌いだからそのへんの言い回しは特にいい気にしない。ただご試着出来ない店ってのがあるもんなのかね実際。

twitterをここ最近非常に使っている。周囲のR35世代がこぞって使い始めたのでとても活発。最初は何を書いていいのかわからないというバカみたいな事になっていたけど、ブログでもメモでもなんでもないやつだこいつは、と思ったらなんでもないことをぺろりと書くようになった。無益の塊みたいなもんだ。でもtwitterを使ったサービスがここのところとっても目に付くので、無益の塊と思ったら実は宝だった、って可能性も孕んでいるぞこりゃ。
僕が個人的に好きなtwitterサービスは、パン屋のtwitterをフォローしたら、そのパン屋でパンが焼きあがったら教えてくれるってのだ。焼きたてのパンが食べられるのだ!これに習って、僕のtwitterをフォローしてくれたら、何かが焼けたら教えるというサービスを始めたいけど、何を焼くか悩む。

しあわせな文章

May 25, 2009 12:55 AM jammy  長い方の文

六本木へと向かう地下鉄。座った席の向かい側に、老夫婦が座っていた。
男性は鼠色の背広に翡翠をあしらったループタイ、女性は白のブラウスにブランド物のスカーフ、こげ茶色のパンツ。大きめの紙袋とボストンバッグが足元に置かれている。東京で催事があったのであろう。上京する機会など滅多にない老夫婦である。翡翠のループタイとブランド物のスカーフは精一杯の御洒落だ。お母さん、東京へ行くなら、私が韓国旅行で買ってきたあのスカーフ巻いていきなさいよ。とってもおしゃれよ。東京へ行くんですもの、そのくらいしないと。派手なんかじゃないわよこのくらいしないと、だって東京へ行くんですもの。お父さんだって、翡翠のタイがあったでしょう。あれをしていきなさいよ。いつものネクタイなんてしちゃだめよ、だめだめ、忘れないように今から準備しておきましょうね。というような娘とのやりとりが目に浮かぶ老夫婦が、目の前にいる。

夫はさきほどから肉厚の手に握り締めたぺんてるのサインペンを、大振りの帳面に走らせている。妻は穏やかな表情で車内を見回し、車窓に映る自分の姿を目にしてスカーフを触り、たまに夫の様子を伺う。お互いがお互いの時間を過ごしている。東京は人が多いな、そうですね、あとこの蒸し暑さはなんでしょうね、というような会話をするでもなく、ただそこに座って電車に身をゆだねる老夫婦が、目の前にいる。

「ちょっと違うな」と夫がつぶやく。帳面に書いた文章を黙読し、ふいに口から出た、そんな肌触りの「ちょっと違うな」。書いた文章を二重線で消しては書き、また消しては書き、そのたびに「...だから...で...うーん...が、...だぞ...うーん違うかぁ」とつぶやく。そんな夫の様子に気が付いた妻はとても優しい表情を見せながら、両手を動かす。流れるような美しい手話。夫は手話を交えつつも「うん、まあそんなところだな」と照れたような顔で言う。妻は再び手話で返す。「そんなんじゃないよ」と夫は答える。そんなやり取りをする老夫婦が、目の前にいる。

ぺんてるのサインペンにキャップを嵌めながら「出来た」と夫は言い、帳面を妻に渡す。ゆっくりとゆっくりと、手渡された帳面に書かれた文章を読む妻に、夫は無関心を装い、ぺんてるのサインペンを胸ポケットに入れたり内ポケットに入れ換えたりしている。
読み終えた妻は夫の顔をしっかりとみつめながら、笑顔で自分を指差し、続けて夫を指差し、その夫を指差している手の甲を、もう一方の手でゆっくりと円を描くようになでた。手話を知らない私が唯一知っている手話。自分を指差し、相手を指差し、相手を指差している手の甲をもう一方の手でゆっくりと円を描くようになでる―私は、あなたを、愛してます。
小さな声で「おう」と答えた夫の声が、私の耳朶に染みた。気付けば老夫婦は、もう目の前にいなかった。

帳面には何が書いてあったのか。きっとしあわせな文章だ。

おにぎりの中身に驚きの!?

April 30, 2009 12:42 AM jammy  長い方の文

こんなことってあるのだろうかという事が今日あった。
新幹線に乗る前に突然の空腹を覚え、おにぎりでこの空腹を騙そうと考えた僕は、売店でおにぎりを買おうと足を運んだ。そこの売店のおにぎりコーナーがすごく貧弱で、鮭と昆布というマジどっちでもいいわ的ラインナップでおにぎりコーナーを切り盛りしており、本当どっちでもいいなーと思いながら鮭を手に取り、売店を出てホームを歩きながらおにぎりをかじったら、中身が空っぽだった。鮭も昆布もなにもない、ただのごはんの塊だった。素にぎりだった。こんなことってあるのだろうかあった。
変な気分になったので、もうちょっとお腹に何かを入れたくなった。こういう時はおにぎりだと思って、別の売店へ行き、おにぎりコーナーを探すと、「梅・たまご・鮭・昆布・牛肉そぼろ」のおにぎりが5個で1パックになっているおにぎりセットしか売っていなかった。バラで売れバカ!!
おにぎり大好きな人のように思われるのも心外なのだけど、まぁ、何かあればとりあえずおにぎりを食べてしまう。大好き?っていうかまぁまぁ、まぁ好きな方?っていうか、何かあればとりあえず、えぇ。

というか一人で新幹線に乗って、座席で駅弁を食べる勇気がない。おにぎりか、カツサンドを食べるのが限界だと思うあのスペース。あんな狭いところで弁当箱を広げて食事をする勇気がない。人に見られて恥ずかしいとかではなく、もしあの狭い空間で弁当箱をひっくり返したら十中八九、自分の両足、この腿の部分に乗っかってくるじゃないか。両方の腿の上に弁当がさかさまで盛られるじゃないか。ひざの上に玉子焼きが乗っかるじゃないか。誰が食うんだよこの玉子焼き。閉じている両腿を左右に開いて下に逆弁当を落とすわけにもいかず、数時間そのままか。逆弁当のままか。
もし隣に知らない人が座っていて、お魚の形したしょうゆ入れの蓋を開けた瞬間、ぴゅうとしょうゆが飛び出て隣の人にひっかかる事だってあるでしょうあの狭い空間だったら。白いブラウスにひっかける可能性は高いよこれは。「わっ!」「キャッ!」「うわわすみませ!」ってドタドタした勢いで弁当がひっくり返って自分の両足に乗っかってくるでしょうこれ。
新幹線とか特急の座席の前にある、パタンってする簡易テーブルみたいなあれ、あれがどうも信用ならない。ちょっと大盛りの弁当置いたら、テーブルがしなるんじゃないかと思う。あとあの簡易テーブルって、列車によって違うとは思いますけど、テーブル面にうっすら丸い溝みたいなのがあるタイプあるでしょう。あれってまさかとは思うけど、『この溝に缶のお茶とかジュース置いてください』っていう意味の丸いうっすら溝なのか。まず間違いなくそうだと思う。思うけど、あの溝は完全に浅すぎる。あんな浅い溝にジュースを置く勇気がない。だってあれひっくり返るよちょっとガタンゴトンなったら。もっと深い溝か、なんなら穴にしろ穴に。ここに缶のお茶とかジュースを挿入してくださいっていう穴だ。
とにかく勇気がないという話。THE神経質。
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welcome to happy set by jogga
ジョッガ代表がhappy setな調子で謳い、綴っています。

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